【PDFダウンロード(パンフレット)】代表挨拶

■これまでの歩み

平成17年、大学を卒業してから3年目の春、前身である「NPO法人あーるど」を立ち上げるため、奔走していました。まだ働くといういうことすらよくわかっていない若輩者が「障害をお持ちの方が親亡き後も一生地域で暮らし続けられる社会を創る」という想いだけでスタートした法人です。思い起こすと、室内のパーテーションはダンボールで手作り。30坪ほどの広さのホールに小さなストーブ。お金もなければ、人脈もない。知識も経験もない。思い出すだけで胸が苦しくなるような手探りの日々でした。

私は高校を卒業後、困っている人の役に立てる仕事に就きたいという想いから、福祉系の大学へ進学しました。もともとは児童養護施設や医療ソーシャルワーカーとして働こうと思っていたのですが、大学で出会った恩師の志に惹かれ、またご縁もあって知的障害者の支援の道に進むこととなります。当時、障害者福祉は長らく続いた措置制度から契約制度に変わる大転換期。グループホームのような「居住の場」に住み、「日中活動の場」に通い、自分の好きな「余暇活動」をして暮らすことを当たり前にしようと、国をあげて大きく方向性が変わった時期でした。

私は、恩師の言う「地域で生きる」という理念の大切さについて、事業を立ち上げた頃から本質まで理解していたわけではありません。十数年経った今いくらかは理解したつもりではいますが、当時はとにかく「想い」だけが先行していました。当然数々の失敗や失礼を繰り返してきましたし、思い出すと赤面してしまうほど恥ずべきこともしました。十数年、怒涛のような毎日を過ごし、仲間達とともに歯を食いしばりながら乗り越えてきました。そして平成30、私たちは、社会福祉法人として再スタートすることになりました。

NPO法人時代は、「どんなに重い障害があっても、地域の中で愛し愛され暮らし続けられる社会を創る」というミッション、理念を掲げて邁進してきました。私はこの十数年で、理想と理念の違いを自分なりに熟考してきました。理想というのはあるべき姿を想うこと。しかし、正論や批判を口にするだけでは現実は何も変わりません。理念はあるべき姿を念じながら、現実という苦しい道のりを乗り越えていくこと。我が法人は、まさに後者の歩みをして来たつもりです。その結晶として、児童期の支援からスタートした事業が、今では就労支援や余暇活動の支援ばかりでなく、支えることが極めて困難であるとされる強度行動障害の状態にある人たちの地域生活を支えるまでに至りました。こうして初志を貫く経営ができていることは偏に皆様からの温かいお支えあってのことと、この場を借りて御礼申し上げます。そして、これまでの歩みに一区切りをつけ、長いながい次のステージを歩むにふさわしい法人理念にリニューアルすることといたしました。

■新しい理念のタイトル 「いつのまにか 夢がかなうように」

NPO法人設立10周年の際に、青森県が誇るミュージシャンである坂本サトルさんに記念ソングを作ってもらいました。坂本さんは、いつ寝ているのだろうと不思議に思うような忙しさの中で、当法人の事業所を丸一日かけて全て視察をしてくれました。夜は保護者さんやスタッフたちと深夜まで交流し、語り合ってくれました。私は、坂本さんのメロディーや歌声、演奏技術はもちろんのことながら、歌詞に魅了されてしまうのです。なぜ、あのように幅広く人生の本質を捉えた歌詞を書くことができるのか、不思議でならなかったのですが、記念ソングの作成を依頼したことでその理由がよくわかりました。

障害福祉と一言で言えど、その主義主張や方法論が数多く存在する中で、あーるどの理念、福祉実践を的確に捉えるということは簡単なことではありません。この先永らく当法人を象徴する歌になるわけですから、歌詞の内容が法人理念と適合しているかどうかは極めて重要な問題でした。そういう意味での不安は当然あったのですが、坂本さんが現場をじっくりと視察し、子ども達に歌を歌ってくれたり、夜はスタッフや保護者さん達と交流しながら、じっくりと相手のことを知ろうとするそのパーソナリティを目の当たりにして、最後までこの人の全てを信じようという気持ちになりました。ホームページや私のブログも隅々まで見てくれたようで、当法人のことをしっかりと理解した上での作詞作曲だったのかと思います。完成した歌を聴いた時には、感動して涙をこらえるのが大変でした。まさにあーるどの理念とこれまでの歩み、そしてこれからへのエールを歌にしていただいたのだと感激しました。そして、この曲のタイトルは、再スタートをきった社会福祉法人あーるどの理念としてもぴったりだということで、理念のタイトルとすることにしました。

私たちが提供する福祉サービスを利用する方々の夢、スタッフたちの夢、そして地域社会の夢。どんな時代、どんな環境下にあっても日々の何気ない幸せを噛み締めながら、共に生きていくこと。「いつのまにか」かなう程度のふわふわ感のある夢は、言い換えると希望のことを指すのかもしれません。

「いつのまにか 夢が叶うように」(作詞・作曲 坂本サトル)

君の話を聞いている 途方もない話さ
雲を掴むような けれど胸が高鳴る
愛し愛され生きる 誰もが夢見るけど
生きていくって事は うまくいかない日々の連続だ

青い森に広がる新しい世界を
歩き始めたなら あとは進むだけ

春を待ちわびながら 夏を刻みながら
君がいる毎日に そっと灯る光になるよ
秋をかみしめながら 冬をいたわりながら
やわらかく 丁寧に
いつのまにか夢がかなうように

白と黒 上と下と どちらか決めなくていい
窮屈は知らぬ間に 自分で作り出してた

君が知らなかった新しい世界が
ほらすぐ隣で 「ここにあるよ」と光ってる

春を待ちわびながら 夏を刻みながら
君がいる毎日に そっと灯る光になるよ
秋をかみしめながら 冬をいたわりながら
やわらかく 丁寧に
いつのまにか夢がかなうように

春を待ちわびながら 冬をいたわりながら
やわらかく 丁寧に
いつのまにか夢がかなうように

■これからのあーるど

世界情勢が大きく変わりつつある昨今、一時は世界第2位の経済大国にまで成長した我が国日本は、第三次グローバリゼーションの行き詰まりに加え、最大の危機と言っていいほどの超少子高齢社会を迎えています。体操競技に例えるならば、助走をつけ、空高く舞い上がり、華麗な空中技をきめ、着地に向かっているのが現在だとしますと、着地に失敗して大怪我をしないよう相当な軌道修正が求められているように思うのです。その落差、変化に順応するのがやっとと言えるほど、国民全体を閉塞感が覆い、今がよければそれで良いという刹那主義が蔓延しているように思います。あるいは今を生きるのが精一杯で、将来のことを夢見てなんかいられないということの方が本質をついているのかもしれません。

これから私たちが生きる時代は激動の時代になっていくのかも知れません。これは捉え方によっては、まったく暗い未来を指している話ではありません。もちろん捉え方ですので自分次第かと思いますが、私はやはり子ども達が希望に溢れ、大人たちが責任に立ち向かい、高齢者たちが優しさを語らえる故郷であってほしいと願います。その中心に障害のある仲間達がいる地域社会を創るということを使命(ミッション)とします。

これまでの十数年、私たちあーるどのミッションや理念、そして日々の実践はたくさんの人に支えられてきました。若輩者のなすことにも関わらず、しっかりと先達の方々に受け止めていただいた結果として今があります。地道に努力を積み重ね、結果が見えてくれば公正な評価をしていただける。このように懐の広い地域、五所川原と青森県において、若者が定住し暮らし続けていけるような、持続可能な福祉実践を目指します。職員一人ひとりが社会福祉法人あーるどの理念と実践に誇りを持ち、若者の希望となるような法人にしていかなければなりません。引き続き皆様からの温かいご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申しあげます。

大橋一之インタビュー映像

社会福祉法人あーるど 理事長 大橋 一之 略歴

1980年
青森県五所川原市(旧金木町)生まれ
2002年
北海道医療大学看護福祉学部 卒業
2005年
障害者支援施設で2年間の勤務を経て、NPO法人あーるどを立ち上げる。生まれてから生涯を終えるまで地域で暮らし続けるための福祉サービスを整備していく。
2018年
社会福祉法人あーるどを設立し、初代理事長に就任。NPO法人の事業を移行し、新たなスタートをきる。自法人だけではなく、県内外の仲間たちとともに、持続可能な福祉のあり方を追求しながらネットワーク活動にも従事。現在は障害のある方もない方も老若男女問わず楽しく暮らせるまちづくりに奔走している。